FXはハイリスク、ハイリターンの取引
FXとは、外国の通貨を取引してその差額を利益として狙う投資です。1ドルが100円の時に100ドル買って、101円になって売り抜ければ、10100円-10000円=100円の利益になります。これではたいしたことないと思うかもしれませんが、FXにはレバレッジ(てこ)といって手持ちの資金を何倍かにして取引することが出来ます。 たとえば10倍のレバレッジであれば、10000円の資金で100000円分の取引が出来るのです。先の例でいえばおなじ取引で利益も10倍の1000円になります。但し、損失のリスクも10倍になるわけで、それだけハイリスクハイリターンの取引といえます。現在、日本では25倍までのレバレッジをかけることが可能です。 ところで、FXは「0(ゼロ)サムゲーム」といわれます。これは、「誰かが得すれば必ず同じ分だけ誰かが損する」という意味です。すなわち、利益を生むものに投資してその果実を得るのではなく、誰かを負かして、自分が勝たなければいけない世界なのです。 とはいえ、いつでもやっているし、気軽に参加してすぐに結果が出るので私はやめられません。
手形割引をしてもらう際には、その振出人の信用度もチェックすることができる。つまり、手形割引の金利がリスク度合いを表しているのである。もしも、金利が高くなったり、「今回限り」と言われたら気をつけるべきであろう。自分のところの取引も考え直さなければならない。一つの目安とするのに手形割引は使えるのである。
■芸術をどうつくったか 作家のこだわり探る
文学をとりいれた制作、音楽を表象する造形など、これまでさまざまな視点から読み取られてきたパウル・クレー(1879〜1940年)の芸術。しかしその制作には、作品を一見しても気付かない特異な方法論が含まれることが、研究で明らかになってきた。京都国立近代美術館(京都市)で開催中の展覧会「パウル・クレー展−おわらないアトリエ」は独自の制作プロセスに焦点を当て、クレー芸術の本質を探っている。
第一次大戦での兵役から解放され本格的に油彩を描き出すなど、クレーの活動が最初のピークを迎えた1920年前後。同年、クレーが自ら写した独ミュンヘンのアトリエの写真が、出品されている。そこに写り込んだ二十数枚の作品には、クレーの大胆な制作の跡が残されている。
優れた音楽家でもあった彼らしく、五線譜状の丘に音符のような樹木が点在する構図の「平原の庭I」。これは、同様の図柄をもつ別作品「平原の庭II(園亭のある)」と、もとは一つの絵画だった。また、半円形の色面を重ねた作品も写り込むが、こちらは後に上下を逆にされ、いかつい男性の顔を描いて、「北の森の神」となる。ひとまず完成させた作品を「切る」「回転させる」などした上で、別の作品にする複雑な造形がアトリエで行われていた。
詩情あふれる画面で人気のクレーの絵画は、内容に目を向けた研究が先行した。クレーはミュンヘンのほか、造形学校バウハウスで教えていた時代の独ヴァイマール、デッサウ、そしてナチスに独を追われて後のスイス・ベルンと、画業変革の時期に詳細なアトリエ写真を多く残している。
本展はそれらを手がかりに、作品と対照し、芸術を「どうつくったか」にこだわる作家の実像を浮かび上がらせて興味深い。
クレー独自の技法でまず挙げられるのは、「バルトロ:復讐(ふくしゅう)だ、おお!復讐だ!」などの油彩転写。例えば、鉛筆やインクで素描を描き、その下に、黒い油絵の具を塗った紙をカーボン紙のように重ね、紙を置く。そして素描の線を上から針でなぞって下の紙に転写し、彩色して仕上げる。紙には絵の具の汚れもつくが、その偶然性もクレーは表現に取り入れた。
ハサミやナイフで、いったん完成した画面をバラバラに切断する技法は、画業早期から晩年まで頻繁に行った。切断片を別の何かと組み合わせて再構成もし、元の画面のリズムや構成の文脈を変化させた。
最も新しい発見が、裏にも何かが記されたり描かれたりした「両面作品」だ。方形の色面構成が美しい「花ひらいて」では、裏面に梢が描かれる。さらに、9年前の「花ひらく木」を回転したイメージに基づいて描かれ、「反復」の絵画でもある。そこには、平面の絵画を超えた多次元の広がりが感じられる。
描かれたものを見るだけでなく、いかに描いたかを探る視点。「制作者」としてのクレーの素顔に近づける展覧会だ。(坂下芳樹)
5月15日まで。
【関連記事】
モノトーンに浮かび上がる美の真実 HEROINES ベッティナ・ランス写真展
野外彫刻展「雨引の里と彫刻2011 冬のさなかに」
サラリーマンコレクターを極める 美術品を所有する楽しみ
AR三兄弟が初の個展 拡張現実の世界へようこそ
初音ミク・エヴァ… キャラパワーでレースファン獲得
震災に“便乗”した詐欺事件が急増 悪徳業者見抜く目を
東日本大震災の被災地では、各地にボランティアセンターが開設され、多くの個人ボランティアたちが活動している。津波で大きな被害を受けた仙台市若林区で活動に参加すると、そこには被災者のために、心をひとつにして汗を流す人たちの姿があった。(八木択真)
◆一日150人以上
午前9時、若林区の市民センターに設けられた災害ボランティアセンターに、活動希望者が集まってくる。センターは3月16日に開設。社会福祉協議会が事務局となり、約50人のボランティアスタッフが運営する。希望者のほとんどが県内在住者で、学生や震災被害で休業中の会社員など、1日に150人以上が集まる。これまでに、延べ約6500人を仲介してきた。
用紙に住所氏名や血液型を記入し、胸に名前を書いたシールを貼って待機室へ。スタッフが読み上げる依頼内容は、避難所での清掃や荷物運び、水に漬かった家での家具や泥の運び出しなどさまざまだ。
被災家屋の泥のかき出しに、ほかの男性7人とともに加わった。「クギの踏み抜きに注意」「お礼や食事は受け取らない」と、スタッフから注意を受け、マイクロバスで出発した。
◆家屋泥だらけ
市中心部から20分ほど走ると、道路脇にがれきが目立つようになり、皆がじっと窓の外を見つめる。
ホテルの仕事を辞めて参加した小笠原健さん(41)は、若林区で生まれ育ち、幼いころから、この海沿いの街が遊び場だった。「いてもたってもいられなくて」。センターによると、参加者の意識は高く、食事や宿泊場所を求めるようなケースは皆無という。
この日の活動場所は、海岸から数百メートルの農家。周囲は泥だらけの民家が並び、住人が後かたづけに追われていた。少し先では津波で建物が消え、数百人が遺体で見つかっている。
スコップなどの器材を降ろし作業を始めた。腰ほどの高さまで水に漬かった家では、床下に数センチの泥が堆積。メンバーはさっそく床下にもぐり込み、スコップとバケツで泥を運び出す。衣服や木の枝も埋もれていて、すぐに全身が泥だらけになり、汗が噴き出した。
◆感謝の笑顔
休憩時間に、依頼者の二瓶次男さん(62)を囲んで話を聞かせてもらい、生活再建のめどがたたない被災者の実情を垣間みた。
専業農家の二瓶さんは、約7ヘクタールの農地で米や野菜を作ってきた。家や田畑はがれきと泥で覆われ、手がつけられない惨状。「田んぼのがれきをどうすればいいかわからないし、塩水に漬かってるからいつ再開できるか…。静かで暮らしやすいところだったんだけどね」。家財道具も捨てざるを得ず、今はアパートを借りて仮住まいしている。
約4時間の作業で、床下からは2トントラック1台分の泥が出た。二瓶さんは「本当に助かるよ。自分たちだけじゃ、どうしようもないから」と、少し笑顔をみせた。深々と頭を下げる家族に見送られて帰路に就く。センターでは、今も1日数十件の依頼があり、活動は当面続くという。
【関連記事】
震災復興 信頼なき政権に託せるか 骨太の構想描け
被災地、希望の灯火に 気仙沼の老舗酒蔵が「復興酒」出荷へ
建築制限期間を延長へ 被災地、最長8カ月以内
民有地のガレキ撤去始まる 釜石市「この地で工場再開」
ガガ、来日イベント決定!MCはAKB48
震災に“便乗”した詐欺事件が急増 悪徳業者見抜く目を